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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)6536号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【判旨】

一原告は耳が不自由でありながら通信電線の会社の検査課に勤務している事実、被告は訴外志賀と共に原告宅を訪れ、現地案内図を提示した事実、本件売買契約締結の事実、契約書を作成しなかつた事実及び本件土地につき昭和五一年四月六日仮登記がなされ、その後本件登記がなされた事実はいずれも当事者間に争いがない。

二原告は、本件売買契約における原告の意思表示には要素の錯誤があり無効である旨主張するので検討する。

右一の当事者間に争いがない事実に、<証拠>を総合すれば、以下の事実が認められる。即ち、

被告は昭和五一年当時訴外ペンション建設株式会社のセールスマンとして不動産販売の仕事に従事し、その頃同社販売の福島県岳温泉付近の土地の購入方を申込んで来た原告を同所に案内したことから原告を知るに至つたが、同年三月訴外東海商事株式会社を経営していた訴外志賀洋一と共に原告宅を訪れ、原告に対し同社販売(仲介)にかかる本件土地買入れを勧誘し、筆談で「本件土地の売主は資金が欲しいため半値で売つている。同じ分譲地内の土地を買つた顧客が近々別荘を建てる。」などと申向け、かつ、「斑尾リゾートライフ第二期沓掛六五二一〜六五三三、同第一期南善寺六六一七〜六六二〇口」と題し、本件土地が右第一期分譲地の一区画である旨の記載があり、しかも、国鉄飯山駅及び公道からそう遠くない場所で付近には民家・民宿等が点在するごとき記載がある現地案内図及び分譲図を示しながら説明したことから(但し、訴外志賀は本件土地ないし右分譲地を実地に見分しておらず、被告も昭和四八年頃一度見分しているだけであつたが)、原告は、本件土地は別荘地としての分譲地の一区画にある別荘用地であると信ずるに至つたため、原告としては、投資目的で(別荘等の建築の予定・計画は初めからなかつた。)、また、現地は後日見分する予定で、本件土地を購入することに決し、被告との間で、売買代金を一六〇万円(坪当り約一万一四二八円)と合意したうえ本件売買契約を締結するところとなつた。ところで原告は、被告に度々現地案内を要求しても、又契約書作成を依頼しても、被告はこれらに応ぜずにいたところ、原告は遂に昭和五六年五月三日妻と共に現地に赴くこととなり、以前本件土地の地目変更登記手続に携つた飯山市在住の土地家屋調査士訴外小林正造と同人の紹介による地元の事情に詳しい元地主訴外亡丸山新春の妻との案内により現地ないし本件土地を調査確認したところ、本件土地は前記飯山駅から約一〇キロメートル程離れていて国道・県道からも離れた山中(段々状の山の上部)にあり、冬期(一二月から三月まで)は積雪(二、三メートル)でほとんど交通不可能(除雪なし)となり、現地に至るまでには所々急な坂道があつて道が悪くて狭い(人一人歩ける程度の農道)ため降雪雨時には自動車が容易に通れないような状況であり、したがつて、付近には別荘などなく、さらには建築中又は建築予定の話もなく、かつて右地域に数戸存した農家も冬期における交通事情悪条件のため街に下りて行き、現状では二、三戸(しかも不現住)しか残つていないような場所であり、しかも、本件土地の形状は段々状の傾斜地であり、多額の費用を投下して整地でもしない限り別荘建築は困難であることが判明した。さらに本件土地の本件売買契約締結時の時価については、昭和五六、七年当時の付近の平地で坪当り四、五千円であり、付近の土地(田、畑)の売買取引事例はほとんどなく、課税評価額も一万二千円であるから、せいぜい坪当り二、三千円、総額三〇数万円であつたことが推認される。

以上のとおりであ<る。>

もつとも被告は、本件土地の代金坪当り一万一四二八円は被告の買受け価額坪当り七六五六円及び長野県内の土地公示価格と比較検討して相当である旨主張し、<証拠>によれば、右買受け価額は坪当り七七八六円であることが認められ、<証拠>によれば、昭和五一年当時の右公示価格については、古くからの農山村集落地域(松本市大字三才山)で坪当り九九〇〇円、旧村落の在来農家を中心とする地域(同市大字里山辺)で同三万六九六〇円、農地の中に農家が点在する地域(長野市稲里町)で同二万九三七〇円などであることが認められるけれども、前者については、個別相対的な事情に左右されるものであり、後者についても、<証拠>によれば、いずれも水道があり、付近に公道もあつて鉄道駅からせいぜい数キロしか離れていない住宅地であることが認められるから、比較の対象として適切とは言い難く、右買受け価額ないし公示価格は前記の時価の判断を左右するものではないといわざるをえない。

以上の認定事実によれば、原告は、被告らの前記現地案内図及び分譲図を示しながらの説明・勧誘により、投資目的ではあるにせよ、本件土地は別荘地として適合し別荘用地としての価値のある土地であると認識してこれを買受けたことが認められるところ、本件土地は冬期は勿論、その他の時期においても交通困難な人里離れた山中に所在し、付近には別荘・民家もほとんどなく、段々状の傾斜地で別荘建築は困難で地価も低いのであるから、原告には本件売買契約締結に至る動機において誤信ないし錯誤が存したものというべきであり、しかも、右動機は本件売買契約において表示され、かつ、被告においてこれを知つており、法律行為の内容となつているところ、原告が右の客観的事実を知つていたならば本件土地を前記代金で別荘用地として買受けることはなかつたであろうと推認されるから、本件売買契約における原告の意思表示には、法律行為の要素に錯誤があるといわざるをえず、右意思表示引いては本件売買契約は無効ということができる。

三前記認定によれば、被告は、原告の度々の現地案内及び契約書作成の要求に応じなかつたのであるが、原告は、被告は右現地案内及び契約書作成を被告費用負担で行う旨約したと供述するところ、原告は耳が不自由であること(当事者間に争いがない。)及び前記認定の、福島県岳温泉付近の土地の件では原告を現地案内していること及び被告らは仲介として本件土地買入れを勧誘していることに鑑みると、右供述は措信するに足り、これを否定する被告本人尋問の結果はにわかに措信し難い。原告の右供述によれば、被告は、被告費用負担による現地案内及び契約書作成の義務を負うところ、これを履行しなかつたというべきであるから、被告は<証拠>により認められる、原告がその負担においてなした現地訪問調査及び契約書作成の費用合計九万四四〇〇円を、債務不履行に基づく損害賠償として支払う義務がある。

四したがつて、原告は被告に対し、本件売買契約の無効を原因とする不当利得返還請求権に基づき前記本件売買代金一六〇万円の支払、被告の前記債務不履行を原因とする損害賠償請求権に基づき前記九万四四〇〇円の金額の支払並びにこれに対する弁済期後の昭和五六年六月一六日以降支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求めることができるが、原告は被告に対し、右各支払と引換えに、本件土地につき本件登記の抹消登記手続をなすべき義務があることは原告において自認するところであるから、右各支払を求める原告の請求は、被告が原告から右登記手続に必要な書類を受領するのと引換えに、認容すべきである。  (樋口直)

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